先日、“研修医の誤診”により、SMA症候群の10代の患者様が亡くなったとの記事が各メディアから投稿されました。今実際に働く研修医として、今回の件について思うことを述べたいと思います。まずはお亡くなりになった患者様のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族の方々、診断・治療に関わった医療従事者の方々にお悔やみを申し上げます。また以下の内容につきましては、一個人としての意見であることをここに明記させていただきます。
事案の概要
今回の事案は、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院で起こりました。まずは概要について、同院にて公表されている報告書からそのまま引用させていただきます。
2023 年5月、10 代の患者さんが腹痛、嘔吐を中心とする消化器症状を主訴に救急搬送されました。2 年次研修医が診察し、CT で胃の過拡張所見を認めましたが採血結果を正常範囲内と判断し、急性胃腸炎の診断となり、帰宅としました。その後、患者さんは嘔吐症状が持続するため救急外来に再受診し、電話相談を2回しました。いずれも 2 年次研修医が対応し、翌日に近医再診と判断しご家族へ伝えました。
引用:日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院『SMA 症候群を適切に治療できなかったことにより死亡に至らせた事例について』
翌日、近医にて緊急処置が必要と判断され、当院の一般消化器外科へ紹介受診されました。外科ではSMA 症候群の疑いと診断し、腸閉塞の治療が必要と考え、消化器内科を紹介、入院となりました。当初、脱水所見が著明で炎症反応の上昇があるが、大きな電解質異常がないことから、胃管挿入はなされず絶食と補液を治療方針とし、改善がなければ後日追加検査を行う方針としました。
入院から 3 時間後、患者さんに冷汗と脈拍触知微弱、大量嘔吐がありました。その時点で点滴と胃管挿入を準備しましたが、患者さんに過活動性せん妄(末梢静脈ルート自己抜去、医療者への危険行為、病棟内徘徊などの異常行動)が出現したため治療継続が困難と判断し、ご家族に来院を依頼しました。
ご家族来院後、点滴ルートを再確保し脱水の補正を図りました。過活動性せん妄はいったん落ち着いたものの易怒性が残っていたため、当番医は患者さんの年齢を考慮し鎮静剤を通常の半量投与しました。なおせん妄が助長される恐れから、胃管挿入は行いませんでした。その後、患者さんが発熱し解熱剤を投与しましたが、投与後も眠れていないのを確認したため、看護師が残りの鎮静剤を投与しました。また、心電図モニターについても体動制限がせん妄の助長となると考え、装着せずに退室しました。患者さんは同日深夜に心停止に至り、16 日後に死亡されました。
“研修医の誤診”として報道された本事案ですが、誤診によって本患者様が死亡したという表現には疑問が残ります。医師の岩田健太郎さんはコチラの記事で、『誤診は望ましくはないが、誤診をしない医者は皆無だ。誤診は一定の頻度で起きる。(中略)そういう誤診が「ある」という前提で、我々医療者は行動する。』と話しています。実際、これが医療現場のリアルだと思います。病態が不明確な状態であっても、その場で考えられる最も適切な行動を、如何に追い求め続けられるのかが重要になるのです。ではこの事案から得るべき教訓とは何でしょうか。
同じ悲劇を繰り返さないために
私が考える反省点は以下の4点です。
- 報告・相談の閾値を低くする
- カルテには患者さんを診ていない人にも伝わるような記載を徹底する
- 「まずは患者さんに会いに行く」の原則を守る
- 急激な行動変容を“せん妄”で片付けない
それぞれについて説明します。
報告・相談の閾値を低くする
まずは報告・相談の閾値を低くすることが重要になります。明らかに重症な症例は当然相談しますが、その“重要かどうかの判断”が適切にできているかどうかはまさに経験によるものであり、重症度を適切に判断できているかは自身で評価することはできません。できるだけ相談の閾値を低くすることで、見逃しを減らせるのではないかと考えます。
カルテには患者さんを診ていない人にも伝わるような記載を徹底する
カルテへの記載については、患者さんを診ていない人にも伝わるようなものが求められます。本事案では重症感、緊急性の伝達が十分に行われていなかったことが指摘されています。実際に研修医として働く中でも、病棟の発熱や急変でコールされた際に元の意識レベルや状況がわからずに困ることがあります。患者さんのためにも、誰が見てもわかるような丁寧なカルテ記載が求められるのです。
「まずは患者さんに会いに行く」の原則を守る
患者さんに会いに行くというのも非常に重要なことです。入職以来お世話になっている先生には、「何かコールを受けた時には、まずは患者さんに会いに行け。看護師さんにこうして欲しいと言われることがあるだろうけど、必ず自分の目で確かめろ。」とのご指導をいただいております。実際これまで3ヶ月間の研修の中で、この原則があったからこそ回避できたヒヤリハットや得られた学びがあったと感じます。自戒をこめて、これから患者さんが多くなったり忙しくなったりしても、「まずは患者さんに会いに行く」の原則を守って診療をしたいと思います。
急激な行動変容を“せん妄”だけで片付けない
そして最後は、急激な行動変容を“せん妄”だけで片付けないということです。病院内で、毎日多くの患者さんがせん妄を起こしているのは事実です。しかしその中にはせん妄とは違う行動変容や、せん妄だとしても重大な新規疾患が紛れているかもしれないという認識は必要です。研修医御用達の参考書『内科レジデントの鉄則』(Amazon, 楽天)では、入院中安定していた患者さんにおける突然発症のせん妄には注意するべきとの記載があります。新規疾患が発生した可能性が考えられるのです。行動変容をただのせん妄で片付けることなく、一人一人の患者さんを丁寧に診ることが求められます。『内科レジデントの鉄則』では実際に対応することになる病態・疾患に対して、一つ一つ丁寧に対応方法が記載されています。非常に良書だと思いますので、是非読んでみてください。私が読んでみた感想については『【必読】研修医おなじみのあの参考書は実際どうなのか』として記事にしておりますので、併せて参考にしてみてください。
まとめ
今回のような悲劇を繰り返さないために、研修医として何ができるかについてまとめさせていただきました。
- 報告・相談の閾値を低くする
- カルテには患者さんを診ていない人にも伝わるような記載を徹底する
- 「まずは患者さんに会いに行く」の原則を守る
- 急激な行動変容を“せん妄”で片付けない
以上の4点を忘れずに、これからの診療に活かすことができればと考えております。ご遺族の方々ならびに診断・治療に関わった医療従事者の皆様におかれましては、断腸の思いであると存じ上げます。実際に働く一研修医として、一人一人の患者さんへの向き合い方について考えを深めることになりました。同じような悲劇が起こらないように心からお祈りすると同じに、医療従事者の一人として今後も精進していきたいと存じ上げます。
以上、『「研修医誤診」の記事に対して思うこと』という話題でした。
駆け出し医師Dr. K
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